宇都宮地方裁判所 昭和31年(ヨ)69号 判決 1956年7月10日
債権者 株式会社塩原観光ホテル
債務者 小平千代元 外一名
主文
一、債権者が債務者有限会社米屋旅館に対し金三十万円の保証を立てたときは右米屋旅館は別紙目録<省略>記載の商号を使用してはならない。
二、債務者小平千代元に対する本件申請を却下する。
三、申請費用は債権者と債務者有限会社米屋旅館とにおいて平等に負担すること。
事実
一、当事者の求める判決
債権者は債務者米屋旅館は前記商号を使用してはならない、債務者小平は右商号を他に譲渡してはならないとの判決を債務者等は本件申請を却下するとの判決を求めた。
二、当事者の主張事実
債権者の主張
(一)(イ) 債権者は昭和三十年五月十三日本店を肩書地におきホテル旅館経営を始め、その商号を殊式会社塩原観光ホテルとしその頃その設立登記を経由した。
(ロ) なお商法第二十条の商号の登記は右設立登記で足りるものである。
(二) その後債権者は東北本線沿線に広告を掲げ東京都にも営業所を設け宣伝に努めた結果日々旅客も増加し収入も上昇した。
(三) 然るに債務者有限会社米屋旅館は昭和三十年九月同旅館の正面玄関及びその他に塩原観光ホテル米屋のネオン塔を掲げた。
(四) その結果債権者向けの旅客多数が右米屋に奪われるに至り多大の損害を蒙りつつある。
(五) 債務者小平は昭和二十三年五月一日塩原観光ホテルという商号の登記を経由した。
(六) 然しその後同人は昭和三十年九月に至るまで右商号の使用をしなかつたので商法第三十条によりその商号権を喪失したものである。
(七) よつて債務者等に対し商法第二十条に基き右商号の使用禁止等の訴を提起する準備中であるが右判決の確定をまつては右米屋の前記行為により回復し難い損害を受ける虞れがあり又右小平が右商号を他に譲渡するときは右訴訟に勝訴してもその効がないので本仮処分申請に及んだ。
債務者等の主張
債権者の主張事実中(一)(イ)(三)、(五)は認めるがその他は争う、特に(一)(ロ)は不当である。即ち商法第二十条に云う商号の登記であるためには非訟事件手続法第一五八条第一六〇条により申請の上、商号登記簿に記入されたものでなければならず債権者主張の如く会社設立登記の商号欄中に記載されただけでは足りない。よつて右登記のあることを前提とする債権者の申請は理由がない。
三、疏明<省略>
理由
債権者の主張事実中一(イ)、(三)については債務者も認めている。そこで商法第二十条の商号の登記たるためには会社の設立登記の商号欄中に商号が記載されたことを以て足りるか否かについて考えるに同条が登記した商号であることを必要とした理由は同条は商号に強い排他的効力を認めているので第三者に不測の損害を与えないため先づその商号を登記することを必要としているものと解せられる。従つて原則として右商号の登記たるためには債務者等主張の如く非訟事件手続法に基く商号登記の申請がなされこれに基き商号登記簿に右商号が登記されていなければならない。然し株式会社にあつては一、商業登記規則第四二条により会社の商号は商号登記簿に登記することを要しない結果たとえ非訟事件手続法に基く商号の登記申請がなされたとしても登記官吏はその商号を必ずしも商号登記簿に記入する必要はないため商号登記簿には会社の商号は登載されるとは限らないので会社の商号を知るためには商号登記簿を見ただけでは足りないのであるから債務者等主張の如き手続を必要としてみても商法第二十条に登記を必要とした目的は達せられないし、二、更に株式会社の設立登記においては商号が必要的記載事項とされており(商法第一八八条第一六六条第一項第二号)設立登記には必らず商号が記載されているからこれを以て商法第二十条の前記目的は達せられる。従つて株式会社の商号は特に商号登記簿に登記される必要はないものと考えられるので債権者の右商号は商法第二十条の登記ある商号と云うことができる。従つて商法第二十条に基き債権者は右米屋旅館に右商号の使用禁止を求め得るところ債権者主張の(二)(四)の事実は証人上野鉄次の証言債権者代表者須賀義一本人訊問の結果により疏明されこれを左右する疏明はないので本案判決確定をまつては回復出来ない損害を蒙る債権者の債務者米屋旅館に対する本件仮処分申請は相当である。よつて金三十万円の保証を立てさせて右申請を認容する。また債務者小平に対し右商号の譲渡禁止を求めるが右小平が右譲渡を企てているとの疏明もないし、不動産の如き財産と異り右商号の譲渡には商法第二四条の如き条件があり直に譲渡せられるとは考えられないので同人に対する債権者の本件申請は却下すべきものと考える。
よつて申請費用につき民事訴訟法第九二条第九三条により主文の通り判決する。
(裁判官 田尾桃二)